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海は広いな〜

社畜NG学生が、考えたこと整理したいことを書く。

死ぬために生きる。生きる意味とは。

考え

 矛盾した欲求

人間はいつか死ぬ。死ぬのは怖いと思う。死にたくないと思う。もしも人が死ななくなったら?それはまた別の恐怖が襲ってくるだろう。そうなると死にたいと思うかもしれない。つまり人間は死にたくないけど死にたいのだ。矛盾していることを言っているようだが、死にたくないけど死にたいのだ。

なぜ生きるのか

 これは人間はなんで生きるかの問いにも繋がってくると思う。生きるということは自分の死に場所を探すことだと思う。戦争で亡くなられた方々がいる。今の価値観で考えたら確実にこのような方々は残念な思いを持って亡くなったとされる。しかしそんな彼らは実は幸せだったかもしれない。戦時中は天皇のために死ぬのはことが素晴らしいこと、名誉なことだと信じられていた。それを信じた彼らはそこに死に場所を見つけたかもしれない。自分を確実に満足させて、死ぬことができたのかもしれない。もしこれができたのであれば、人間の矛盾した欲求である死にたくないけど死にたいというものを果たせたのだ。

なぜ戦争に向かうのか

 なぜ人類は戦争をやめられないのか。これもあの矛盾した欲求に起因すると思う。戦争は少数の権力者によって始められることがしばしばある。なぜその他大勢の民衆は戦争を止められないのか。戦場に向かうのはその他大勢の民衆である。戦争によって自分を納得させながら死ねるという矛盾した欲求を満たせるという淡い期待があるから、人は戦争に向かうのかもしれない。 

まとめ

 人間は矛盾した欲求と共に生きている。人間は死に場所を求めている。だから今やるべきことは、今できること、今やりたいことを一生懸命やって、自分を満足させることだ。そうすれば最後にもう死んでも良いと思う時がくるかもしれない。そう、そこが人間の境地。人間はその瞬間のために生きているのだ。

 

これは今の時点の私個人の考えです。明日には変わっているかもしれません。この考えに反論、意見等ありましたらコメント等してください。